日本車輌

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国内初の乗用車⁉

「アツタ号」というのをご存知ですか?

l01_02_01_04_img01.jpg『←アツタ号』

なぜ作られたのか当時一般の人でも気軽に乗れる値段の国産車を作ろうと声がかけられていました。そこで名古屋市長が日本車輌に声を掛けましたなぜならその時日本車輌は汽車や電車の車輌をつくっており金属を加工する技術が発達していたのと過去にバスを作ったことがあったからです。結果的には車を保存する場所がないため注文を受けてから作る形だったのと石油、ガソリンが戦争のため手に入りにくくになり、一般の人に普及することはありませんでした。車を研究する人や軍に買われていきました。そして戦争中日本車輌は軍から電車を作ってくれと言われており本業ではない車は作られなくなりました。

日本車輌とは

日本車輌製造(株)として1896年(明治29年)に奥田正香さんが会社を創立しました。現在日本にある国内の鉄道メーカーとして最古です。本社は熱田にあり、線路が近いことと広い土地があることを理由で建てられました。蒸気機関車、木製軸車などを作っていました。ソ連、パキスタンと外国にも輸出していました。国によってはまだ残ってるそうです。日本初のバスを作ったり、日本初の地下鉄を納入したり、『日本初の…』がたくさんあります。知らない人も多いと思います。そしてたくさんの全国1位があります。新幹線車両生産量、大型杭打機製造台数、民生用バルクローリ納入実績と様々です。

歴史

 

1896年 創業、熱田の地に工場を構える。
1920年 東京の天野工場を買収、熱田と東京と二か所で制作を行う。
1934年 天野工場を埼玉県蕨市(わらびし)へ移し、蕨工場を開所する
1938年 鳴海製作所(愛知)を開所、貨車の製作を開始。
1964年

熱田工場、蕨工場を一か所に集約し、豊川製作所を開所
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