堀川とは
堀川とは名古屋市を流れる全長16.4㎞の人工河川です。
名古屋城に関する深い歴史があり価値ある川です。
ですが昭和ごろから 汚れが問題になっていて市民からの価値が下がっています。
そして現在清掃活動などの活動が行われていますが全体的には関心が低いままです。
堀川の生き物
堀川にはたくさんの生き物がいます。
下流にはボラ、 コノシロ、 中流には コイ 、カダヤシ、 上流にはオイカワ、 タモロコなどです。
中流から下流にかけてはより川が汚くなってきます。
汚れに強い魚でも下水、汚水と同じほど汚い場所ではさすがに 生きづらいです。
堀川の臭い、汚れの原因
なぜあんなに堀川は汚いのか、臭いのか、それは下水が合流式
というものなので雨が降ると下水が堀川へ排出されてしまう、
というのが大きな原因です。
ですが残りの原因は、ゴミのポイ捨てなどです。
堀川を綺麗に保つためには
下水の合流式 は今すぐ何とかできるようなものではありません。
なのでごみを捨てないということが大切です。
小さな子でもわかる簡単な事ですが、残念ながら出来ていない人もいます。
当たり前を当たり前に、そして一時ではなく継続していくのが大切です。
歴史編~江戸時代~
堀川は慶長15年徳川家康が命じ、福島正則が開削し出来た約6キロの川だと言われてます。
なぜ家康が川を欲しがったかというと城下町を発展させたかったからです。
発展させるには様々な物資が必要です。この頃の堀川は桜や梅が良く見える人々の憩いの場だったそうです。
明治、大正
この頃から段々汚くなってきました。この頃黒川 治愿さん(くろかわ はるよし) という人が居ました。
この人は庄内川と堀川を繋ぐ人口川、黒川を作り水害を防ぎました。
彼の業績はたたえられ川の由来と石碑に使われました。
もう一人堀川を豊かにした人がいます。中島 彦作さん(なかじま ひこさく) です。この人は納屋橋をかけた人です。
自分の工場を犠牲にしてでも立派な橋を作り、たくさんの人に感謝されていました。
そして堀川はまだにぎわっていました。
木材を運ぶ川となっていて木を運ぶ船を家にしてる人もいました。
昭和
この頃になって水質がかなり悪化してきました。
BODという汚さを表すものが35mgになりました。(普通の川は約10mg)
水面清掃や土砂を取り除く工事が行われたりしましたが、
伊勢湾台風などで大きな被害をうけ更にきたなってしまい、県では管理しきれなくなました。
そして国が管理する一級河川というものになりました。そして汚れがピーク時代です。
現代
今、堀川総合整備構想というものが公表されていてそれに向かって進んでいる状態です。
堀川を愛する人が集まって堀川浄化イベントを企画し行ったりしています。
それらのおかげで、昭和より綺麗になってきています。
ですがまだまだ汚いです。詳しく堀川の事を知らない人は汚い川、臭い川だとおもっています。
これから、様々な活動がはじまり綺麗になっていくはずです。

